「村上春樹さんノーベル賞残念フェア」の件

村上さんネタが続いてしまうんですが。


今朝TVを見ていたら、「村上春樹が今年もノーベル文学賞をとれませんでした」というニュースをやってまして。
そのなかで紹介されていた書店では、メイン平台らしきところで「ノーベル賞応援フェア」を展開しており、またレジカウンターの中に大型モニターを持ち込んで発表のカウントダウンをやってるのです。それで午後8時の発表の直後には、店員さんが「今回は残念ながら受賞を逃しましたが、私たちは村上さんを応援しています」なんて店内放送をしたりして……。


あのー、これってヘンじゃないですかね?


何年か前の桐野夏生の『OUT(アウト)』のように、「エドガー賞候補になりました!→残念でした」という流れはまあ自然だと思いますが、ノーベル賞の場合ノミネートが公表されるわけじゃないので、村上春樹がどうこうというのはあくまで噂でしかないわけです。
例えて言うなら、受けるとも何とも言ってないのに周囲の人が「あいつは成績がいいから東大を受験するはずだ」って勝手に決めて、合格発表に名前がなかったと言って勝手に残念がってるみたいなもんです。本人にしてみれば余計なお世話もいいとこでしょ。


いやまあ昔から、井上靖とか遠藤周作とか安部公房とか下馬評の高かった人たちの所に担当記者が集まって「残念でした」ってやってたんでしょうけど、それはあくまで文壇という内輪の話でもあるし、とれなかったからといって大声で騒いでたわけじゃないですしね。
けどそれを本屋がオオヤケにイベントにしちゃうと、結果的に「村上春樹今年も落選!」て大々的に宣伝してまわることになってしまってるじゃないですか。それってものすごーく失礼なことですよねえ?
最近それほどまじめに読んでない私(『多崎つくる』もそのあとの短篇集も未読なの)でさえこう思うんだから、熱心なファンは心をいためてると思いますよ。


ただ、本屋がこういうイベントをやりたくなる気持ちもわからないではないのです。
いや、やりたくなるというか「やらざるを得ない」んだろうなあと。
何軒か書店があるうち、どこかがこういうことやってるとその店が「イベントをやってる店=やる気のある店」ということになり、やってないとこは相対的に「やる気がなくて、ただ来たもの並べてるだけの店(新刊書店批判のときによく言われるセリフ)」になっちゃうわけですから。仮に、その店の店長さんが、上のようなポリシーで「ノーベル賞事前イベントはやりません」って考えてたとしても、それを告知するわけにはいきませんもんね普通は。
「ナニナニをやってます!」という宣伝はできるけど、「(あえて)××しません」ていうのは主張しにくいものです。イベントやフェア以外にも、仕掛け販売とか、POPとか、店頭装飾とか、雑誌書籍以外に置くちょっと変わった商材だとか、みーんな事情は同じで、やることがどんどん増えてしまう。
これだけ業界の環境が厳しくなってくると、現場よりむしろ本部のエライ人の方が「あっちはいろいろやってるのになんでウチはなんもしないんだ!」って口を出してくるんだろうなあと思う。そしてその店がいくら売上よくても、「その上さらに売上が伸びるかもしれないだろ」という理屈に反論するのは原理的に無理なんじゃないか。
かくして今日びの本屋さんの店頭は、ゴテゴテひらひらガヤガヤうるさいことこの上なく、ココロある本好きの人びとはしずかにリアル書店から離れていくという状況に、……なってないといいんですけど。