今野勉『テレビの嘘を見破る』を読む

去年読んだ『テレビの青春』の著者であり、テレビマンユニオンの創立メンバーのひとり、今野勉の2004年の本。

「テレビの嘘」というと、一般的には「やらせ」と呼ばれ、最近ではNHKクローズアップ現代」で紹介された男性がどうこうという件が話題になってたりするけど、本書はそういった本格的な捏造ではなく(いやそれが捏造なのか何なのか、わたしそのクロ現の話よく知らないんですが)ドキュメンタリー番組のなかのちょっとした演出や工夫についての考察が主題である。直接には1993年のNHKスペシャル「禁断の王国・ムスタン」という番組に、やらせや虚偽が多数あったとされたという事件が、本書の中心部分をなしている。

冒頭の章で、実際の番組やCMの例をあげて「その程度の演出ならまあいいんじゃないの」というもの(撮影の帰りに撮ったバスの映像を「行き」の場面に使ったり)から「そこまでやっちゃっちゃさすがにやばいよな……」というもの(作り手がドキュメンタリーの出演者に直接働きかけて、感情が強く揺さぶられたところを撮ったり)まで、さまざまなケースがグラデーションをなすように列挙してあって、これがおもしろい。テレビ番組制作の現場にいてこういった「演出」に日常的に接していると、たしかに感覚がどんどんマヒしていってしまうだろうというのもわかる気がする。実際、本書において著者は「ドキュメンタリーの工夫や演出は、どこまでが許されてどこからが許されないとかそういう問題ではない」という結論を導き出している。

伝えたいことがあれば、そのために考えられるありとあらゆる最善の方法を考える、というのが作り手の原点です。ただそれだけが、作り手の原点だと思い定めること。それしかないのではないか、というのが、私の現在です。(p196)

そうきっぱり言われるとそんなもんかなあと思わず折伏されてしまいそうになるが、あらためて考え直してみると、やっぱりだからといって何やってもいいということにはなるまいとも思う。もちろん著者も無際限になんでもやっちゃっていいんだと言っているわけではなく、

間違えないでいただきたいのは、私は倫理は要らないとか許容は要らないとか言いたいのではなくて、作り手が未知なるものへ挑戦していくとき、何をやっていいか、何をやってはいけないかの判断をするのに必要なものは、いかに自由な精神の持ち主でいられるかということである、そう肝に銘じたい、ということなのです。(p198)

と書いているのだけれど、これも何だかわかったようなわからないような話だ。

百歩譲って、制作者の表現への強い意志が「演出」を免罪するとしよう。ただそれが有効なのは、作り手の名前というか顔がはっきりしているような作家性の強い作品にかぎった話であって、それ以外の(第1章で列挙されているような、フツーの、なんでもない情報番組のような)凡百のテレビでそれをやられると収拾がつかなくなるのではないか。本書の末尾で著者は、いわゆるドキュメンタリー以外のさまざまな(主にバラエティ)番組をあげて「ドキュメンタリーという形式では決してとらえることのできない様相を見せてくれる」「現代の『日本の素顔』をたしかに見せてくれている」と称賛しているけど、たとえばそういった番組のひとつ、NHK鶴瓶の家族に乾杯」に出てくる家族が架空の家族だったら台無しではないか。いくらディレクターが「この地方のあたたかい人情を表現したい!」と強く思ったとしても、それをやってはいけないのは自明のことだろう。この本にはかつて作られたドキュメンタリーの例として、疑似家族を使って撮った『ひとりの母の記録』とか、世話をしていたゴリラがまるで死んでしまったかのようなストーリーをでっちあげた『双子のゴリラ』といった作品も紹介されているが、当時ならともかく、それは今では不可能な手法なのだ。

個人的には、へんに隠し立てしたり誤魔化そうとしたりせず、すべてぶっちゃけてしまった方がよいのではないかとすら思う。本書でも「プロセスの記録」(「取材プロセスを記録する精神こそ、ドキュメンタリーの基本だ」(p161))とか「関係性の開示」(「制作者と取材対象(者)の関係を、視聴者の前に明らかにする(p39))という概念が紹介されているけど、その方針を徹底的につらぬいた方が作品全体の信頼性は格段にあがるのではないだろうか。

NHKBSの「にっぽん縦断こころ旅」の制作裏話を読んでいたら、「シリーズの初期には火野さんが一人で自転車で走るカットを入れていたけど、しばらくして「そういうのはやめよう」ということになって、今では5台の自転車が連なって走る様子がそのまま映っている」という話があった。なんでやめることになったのか、わざわざ1台で走るのを撮影するのが後ろめたくなったのか、それとも単に面倒になっただけなのか、なんと書いてあったかちゃんと覚えてないのだが、この場合それが正解だろう。ほかの場面では火野正平が走っているところをすぐ後ろから捉えているわけで、すぐばれるウソをつかなきゃならない理由なんてないのである。

それと同様に、作り手が何か工夫や演出をしたのなら、番組内でそれをバラしてしまったって構わないのではないか。行きのバスの映像が撮れなくて帰途に撮影したものをかわりに使ったのなら画面の隅に「reconstruction 」とでも入れておけばいいし、一週間後に再び訪れて名人の燻製を味わうというテイを装わなくとも「そしてこれが一週間熟成させた燻製でーす」と言ってウシロから出してくればいいだけの話としか思えない。のであった。


しかしまあ、現状そういう作り方をしているテレビ番組なんてほとんどないわけで、我われはそれをどういう姿勢で見ればよいのか。

著者は「メディア・リテラシーのすすめ」と称して

知らないことは、作り手、見る側、双方のためにならないと思います。
事実の作られ方についての基本的な理解のもとに、作り手と見る側がお互い緊張関係を保ちつつドキュメンタリーを育てていくという共作の関係が、私の描く作り手と見る側の理想の関係なのですが(p201)

なんて言ってるけど、そっちが好き勝手作ったものを「共作」って言われてもなあ、という気がしないでもない。

私個人のスタンスとしては、それによって自分の生活や思想に影響をおよぼすような番組(政治的なものや食の安全に関するものなど)は、あとから自分で全部ウラトリするつもりで見る。そうでなく自分に直接関わらないだろうと思われる番組(「家族に乾杯」とかね)は、それがまるっきり嘘っぱちでも騙されてもかまわん! というつもりで見る。
という態度ているのが当面とれる戦略ではないかしら、と思ったことでした。

いまいち腰砕けの結論しか出なくてこれだけだとなんだかしょうもないので、本書の材料になっているいろんな作品や本を列挙してみました。リンクはウェブ上でみつかる資料であります。

親子象のCM(AIGスター生命
面白CM ☆☆☆ 像親子の助け合い https://www.youtube.com/watch?v=rNLHu4EK3-A

NHK「世界わが心の旅 ソビエト収容所大陸 岡田嘉子失われた10年
世界わが心の旅 ソビエト収容所大陸 岡田嘉子失われた10年 | 制作番組 | テレビマンユニオン | TV MAN UNION http://www.tvu.co.jp/program/wagakokoro_1994/

NHK「氷原の王者 ホッキョクグマに迫る」
検索結果 大自然スペシャル 動物カメラマン 野生へのまなざし 氷原の王者ホッキョクグマに迫る 岩合光昭 - 放送ライブラリ公式ページ http://www.bpcj.or.jp/search/show_detail.php?program=141866

RKB毎日「探検!九州/初めての島の旅」
1-8. 地域番組全国フォーラム /番組コンクール表彰式・横浜市長http://www.hosojin.com/activity.html#08

NHK「カメラマン嶋田忠野生の瞬間に挑む/ルリミツユビカワセミ
2003年 その他放送番組一覧|制作会社アズマックス http://www.azmax-pro.co.jp/works/2003%E5%B9%B4_%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96%E6%94%BE%E9%80%81%E7%95%AA%E7%B5%84%E4%B8%80%E8%A6%A7/

TX「ドキュメンタリー人間劇場/最后の刻」
受賞番組 | テレビ番組制作会社 クリエイティブネクサス 東京港区六本木/1993年 http://www.cr-nexus.co.jp/winprograms/index.html#p_1993

ヤコペッティ世界残酷物語asin:B003N4STE4
ヤコペッティ『さらばアフリカ』asin:B003MCIEH4
NTV「川口浩探検隊シリーズ」asin:B00045M5LS
レニ・リーフェンシュタール『民族の祭典』asin:B001O8OR9W
市川崑東京オリンピックasin:B0001Z2VX8

YTV「遠くへ行きたい/伊丹十三の日の出撮影大作戦」
受賞作品 | 会社情報 | テレビマンユニオン | TV MAN UNION/1972年 http://www.tvu.co.jp/company/awards/?action=list&p=9

YTV「遠くへ行きたい/#124 伊丹十三の天が近い村〜伊那谷の冬〜」
ゲストセレクション|座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル2012(2/11の「是枝裕和コレクション」の中の1作) http://zkdf.net/2012/guest/pg719.html
「ふたたび『モーレツからビューティフルへ』?−−東京ステーションギャラリーの冒険」(浅田彰)|REAL TOKYO(エッセイの中程に言及あり)http://realkyoto.jp/blog/discover_discover_japan/

NHK「地の底への精霊歌 炭鉱に民話の生まれる時」
検索結果 NHKスペシャル 地の底への精霊歌 炭鉱に民話の生まれる時 - 放送ライブラリ公式ページ http://www.bpcj.or.jp/search/show_detail.php?program=126507

亀井文夫『戦ふ兵隊』 asin:B000666S1I
京極高英『ひとりの母の記録』
ドキュメンタリー映像集成(第1期)|出版物|映文連(第6巻) http://www.eibunren.or.jp/wordpress/?page_id=1346

ロバート・フラハティ『ナヌーク(極北の怪異)』 asin:B00009V9RH
ロバート・フラハティ『アラン』 asin:B001O8ORBK
原一男ゆきゆきて、神軍 asin:B00005HPKO

NHK「奥ヒマラヤ禁断の王国・ムスタン」
NHKは何を伝えてきたか NHKスペシャル 放送番組全記録一覧+番組公開ライブラリーリスト(#527,528) http://www.nhk.or.jp/archives/nhk-special/catalogue/catalogue_92_all.html

牛山純一「ノンフィクション劇場」「すばらしい世界旅行」「南ヴェトナム海兵大隊戦記」
牛山ライブラリー│龍ケ崎市立中央図書館 http://tosyo.city.ryugasaki.ibaraki.jp/ushiyama.html

TBS「浪漫紀行・地球の贈り物/最後の漂海民サマ族・国境のない人々」
BS-TBS 浪漫紀行・地球の贈り物(番組の公式サイト、とくにこの回についての資料はなし) http://www.bs-tbs.co.jp/genre/detail/?mid=KDT0601500

ロビン・アンダーソン他『黒い収穫』asin:B006MNQU9Y
ウルリッヒザイドル『予告された喪失』
Losses to Be Expected | IDFA https://www.idfa.nl/industry/tags/project.aspx?ID=ea600964-e8a3-4c9a-b42a-b56e486db7dc

ポール・ローサ著『ドキュメンタリィ映画』 asin:4624710738
リチャード・M・バーサム著『ノンフィクション映像史』 asin:B000J6UTAQ
羽仁進『教室の子供たち』 asin:4001301814

吉田直哉「日本の素顔」シリーズ(NHK
日本の素顔 制作者座談会|なつかしの番組 報道・ドキュメンタリー編|特集記事から探す|NHKアーカイブス(参考) http://www.nhk.or.jp/archives/search/special/detail/?d=documentary001

今村昌平『人間蒸発』 asin:B00013F5SS
スーザン・ソンタグ著『他者の苦痛へのまなざし』 asin:4622070472

フィン・コン・ウト『戦争の恐怖』(写真)
"The Terror of War" by Nick Ut / The Associated Press(Wikipedia:en) https://en.wikipedia.org/wiki/Nick_Ut#/media/File:TrangBang.jpg

福田克彦『草とり草紙』
『草とり草紙』と福田克彦作品集|Nagoya Cinematheque http://cineaste.jp/l/960.htm

クロード・ランズマン『ショア』 asin:B000244RS0
マイケル・ムーア華氏911 asin:B0001X9D68

上の参考資料をいろいろ探していて思ったのだけど、TV番組制作者というのはほんとに「残す」ということに無関心なのだなあ。なにかの賞をとるような作品でも、ほとんど手がかりが残ってないことが多い。こんなことでええの? と他人事ながら心配になるよ。

テレビの嘘を見破る (新潮新書)

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