牡猫ムギの人生観

オス6歳、もと野良ネコ。

「人生を狂わせるブックガイド」の件

随分とはてブを集めたブックガイドの記事について、

 

京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫ - 天狼院書店

こういうリストは、えてして「本」といいながらほとんど文学からしか選ばれていないのが、私は気になるのよなあ

2016/06/30 13:51

 というブコメをつけたのだけど、それの説明。

 この方にかぎらず、たとえばニュースやなんかで「出版不況」とか「若者の活字離れ」とか言われるときなどにイメージされる「本」というのは往々にして文芸書、なかんずく小説であることが非常に多いという傾向があって、個人的にそういう風潮をニガニガしく思っておりました。

言うまでもなく、本屋や図書館に一歩はいれば文芸書以外にも(かつて勤めていた店の分類を借りるならば)人文書・ビジネス書・理工学書といった専門書や、コミック・実用書・辞書学参・児童書・芸術書・地図旅行ガイド等々といろんなジャンルの本があるわけで、それらの本がしばしばまるっと無視されるというのはやっぱり納得いかんものがあるのです。(そこで「日本の国語教育がしばしば文学偏重になりがちなのは、近代口語文の成立いわゆる言文一致運動がおもに小説家によって担われたからだ」とむかし丸谷才一が書いていたような気がしたので『日本語のために』を引っ張り出してきたのだけど、かすってはいるもののズバリ書いてる部分がなかった。何か別の本だったのかしら)

いやだから、挙げられている銘柄がヨクナイというわけではありません。どれも名著だし(私は2,3冊しか読んだことないけど)、有名な本ばっかりだし(12番は知らなかったけど)。あるいは「私はこの本を読んで人生狂った」というテイなら問題ないと思うのだけど、「あなたの人生を」って言っちゃってるしなー。

なんか難癖っぽくなってアレなんだけど決してそういうつもりではなく、理工学書や辞書や児童書じゃ人生が変わることはないの? と、つい思ってしまうのです。だからたとえば『零の発見』とか『日本人の法意識』とか『狂気の歴史』とか『東京ミキサー計画』なんていうたぐいの本が混じってたらよりステキなんじゃないかなあと、こういうリストを見るたびに思うわけです。

 

 

話のついでに風呂敷を広げると、こういうブックリストって「選別と排除」だよなあといつも思う。つまり選ばれた本について語るだけでなく、選ばれなかった本は何故選ばれなかったのか? についての意識があるべきではないのかと思うのです。上の丸谷才一に対して蓮實重彦は「だがそれにしても、何という退屈な美しさであることか。人は、言語学など信じてはならぬように、文学など信じてはならない」と書いていますが、その同じ本(『反=日本語論』)でこのようにも言っていて、これは今でもきわめてクリティカルな問題意識でありつづけていると思います。

……ここで改めて、排除と選別の体系へとたち戻らねばならぬ。そして、「二個の者が same place ヲ occupy スル訳には行かぬ」という命題が漱石の周囲に漂わせていた「執濃」さを、血なまぐさい古代的野蛮さとして、われわれ自身のまわりにより濃密によみがえらさねばならない。言葉をめぐる諸々の言説を、古代の粗野で残酷な闘争の場に据えなおしてみなければならない……

 それにしても『日本語のために』と『反=日本語論』は、私の人生を狂わせはしなかったものの(いっそのこと狂ったほうがもうちょっとマシになってたかも)大きな影響を受けたなあとあらためて思う。もしかするとそれだけが言いたくてこの文章を書く気になったのかも。