牡猫ムギの人生観

オス6歳、もと野良ネコ。

売れるものと良いもののブックマークの件補遺

 

anond.hatelabo.jp

という記事に、teebeeteeさんが(←IDコールにしない軟弱者)

「興行収入」って数字一つで言ってしまうけど、それも一人一人が見てるってことなんだから、素直に喜んでいいじゃん。「売れるものに良いものはない」みたいなのは蓮實重彦とかの妖怪連中に任せておけば良いんだよ。

 というブコメをつけておられて、「蓮實センセそんなことどこで言ってました?」と伺ったら

昨年の磯崎憲一郎との対談で言ってました。「新潮」の2015年7月号のようです(いま現物確認できない)。半ば締めのジョークのようなタイミングでしたが、両義的に「うわっ」と思ったのでよく覚えてます。

 とお返事をいただきました。多謝。それでちょうど仕事が休みだったので、図書館に見に行ったわけです。図書館て便利。

件の記事は「愚かさに対するほとんど肉体的な厭悪/蓮實重彦×磯崎憲一郎 つつましさとあつかましさを兼ね備えた作家はいかに現代小説の可能性を切り開くのか?」と題された対談で、磯崎氏の『電車道』という本の刊行を記念してのものらしい。

はじめは神妙にアタマから読み始めたんだけど、わたしこの磯崎憲一郎という方の小説読んだことないので(ていうか名前すらほとんど知らなかった*1)、面倒になって途中すっ飛ばして終わりのとこだけ確認して帰ってきました。引用します。

蓮實 (……)映画の世界では、ごくわずかな例外を除けば、漢字三文字の題にはするなというのが昭和四十年代の風潮で、『大魔神』と『大海賊』くらいしかないんです。なぜかというと、当たらないものが多かったからということだそうで、それが本当かどうかは分かりませんが、たしかに言われてみると、漢字三文字というのは何かとっつきづらいようにも思う。でも、こうして表紙を見ると、収まりのよさとは違う力を持っているような気がする。だから、今回の『電車道』で「ついに磯崎憲一郎が漢字三文字の小説を書いた」と思いました。そこは意識されていましたか。

磯崎 いまご指摘いただいて初めて気づきましたが、三文字が当たらないのでしたら、純文学と言うものは無理して売ろうとしなくていいんじゃないかって僕は思っていますから、それにお墨付きをいただいた気がします(笑)。

 芥川賞を受賞したときに「圧倒的多数で受賞が決まった」と新聞に書かれていたことについて、蓮實さんが『随想』で「これが圧倒的な多数を得るわけないだろう」と書いてくださいました。僕はデビューから八年経ちますが、蓮實さんがおっしゃったとおりだということはもう痛いほど実感しております。それを承知の上で、僕らは純文学、現代文学を書いているのですが、それでも少しは売ろうとしていることのさもしさが悲しいんです(笑)。いいものなら売れるわけがないんだから。そのことが、今回題名が三文字だということにも滲み出ているのかもしれません(笑)。

この部分に「いいものなら売れるわけがない」という小見出しがついています。まあ蓮實先生も積極的に反論してるわけではなく「売れなくてもいいんだ」という価値観は共有してるみたいのなので目くじら立てることもないのですけど、正確を期すなら、言ったのは蓮實でなく磯崎憲一郎であり、「売れるものに良いものはない」ではなく「いいものなら売れるわけがない」ということなわけでございました(この二つの文は同じこと言ってるような気がするけど論理学苦手なので自信ない)。

さて、なんでこんな細かいことに拘泥っているのかというと……

学生時代に聞いていた蓮實先生の「映画表現論」という講義の中で、「ヴィム・ヴェンダースの『パリ・テキサス』なんてはっきり言ってそんな大した映画じゃないが、もしこれがコケると今後ヴェンダースの作品が輸入されなくなってしまうかもしれないので、恥をしのんで宣伝に努めているのだ」というようなことをおっしゃっていて、子供心に(子供じゃねえ)「さすがだなあ」と思った覚えがあるのです。

なので、もしテーベーテーさん(て読んでいいのかな)のブコメ通りのことを積極的に言ってたのなら先生も老いたものだなあと悲しい気持ちになるところだったのですけど、まあそうではなかったということでとりあえずホッとしたのでした。

 

……あっ地震だ……結構でかい……

*1:はじめ堀井憲一郎と勘違いして???ってなった