村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』再読

とりたてて理由はないのだけれど、先日『ダンス・ダンス・ダンス』を読みなおしてみた。

「それで僕はいったいどうすればいいんだろう?」
「踊るんだよ」羊男は言った。「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言ってることはわかるかい? 踊るんだ。踊り続けるんだ。何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ……

「でも踊るしかないんだよ」と羊男は続けた。「それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。そうすればおいらもあんたのことを、手伝ってあげられるかもしれない。だから踊るんだよ。音楽の続く限り」

「僕」に、自分はどうすればいいのかと聞かれて羊男はこのように答えるが、これはそのまま当時の作者の小説のつくり方を示している。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』発表後のインタビューで、作者はこのように言っている。

―― この小説は、「ハードボイルド・ワンダーランド」と「世界の終り」という二つの小説が交互に、並行して進んでいく、非常に凝った小説なんですが、構想ができたのはいつごろなんですか?*1
村上 何もできなかった。できないままに書き始めたんです。いつもそうなんだけど、僕は構成というのはほぼつくらないんです。どんどん書いていくと、最後にはつながっちゃうんですよ。――たとえば今ここにビールの缶があるじゃない。で、それと別にウサギがどこかを走ってるような風景があるとするじゃない。その二つの話を別々に書いていくと、どこかでその二つが出会っちゃうんですよね。
―― ウサギとビールなら出会いそうだけど……、あの話は複雑ですよね。
村上 いや、そこがスリルなんですよ。やっぱり、もちろんあとで調整はしますよ。でも、まず勢いというものがあって、その勢いがあるからこそ結びつくんで、はじめから考えちゃうと、こじつけになっちゃう。だって、書くのは僕ひとりなんだから、僕が右手で考えても左手で考えても、必ずどこかで僕という中心存在につながっているから、絶対に結びつく。これは確信なんだな。
―― うーん。なるほど。
村上 確信がなければ書けない。
……
―― 人物なんかも想定しないで書き始めるわけですか?
村上 何も想定しないです。突然誰かが出て来て、あっ、こんなものが来たのか、と思って……。
―― ふーん。これが不思議なんだな……。


村上春樹ロングインタヴュー 藤沢市の自宅にて」(小説新潮臨時増刊'85summer「書下ろし 大コラムvol.2 個人的意見」所収)より

つまり、作者の作為をできるだけ排除したところで「音楽の続く限り」「きちんとステップを踏んで」「みんなが感心するくらいに」踊り続ければ必ずどこかに繋がるはずだというのが当時の村上春樹の方法論だったのだろうと思う。そしてそれは『世界の終りと……』や『ノルウェイの森』ではあるていど成功したかもしれないが、この『ダンス・ダンス・ダンス』で行き詰まってしまったのではないか。
というのは中盤で、「僕」と少女のユキがハワイに行くと話が進まなくなってしまっていて、しょうがないので何もせずに日本に帰ってきてしまったりするからだ。このへんは正直言って、読んでてちょっとずっこける感じである。だから、特に証拠があっていうわけじゃないのだけど、このあとの小説ではたぶんこういう書き方はしていないのではないか。とくに『ねじまき鳥クロニクル』ではノモンハン事件やなんかの取材をみっちりやって材料をためこんで書いてたりするわけだし。まあ未確認なのでただの推測なんですが。



ところで今書き写していて気がついたのだけど、羊男のいう「踊り続けよ」という話はそのまま資本主義社会の経済活動の説明にもなっている。この小説は最初のほうで「僕」による「高度資本主義社会」に対する皮肉にみちた解説と、その社会で「僕」が「雪かき仕事」をすることで生きながらえているという自嘲めいた告白が語られるが、それを考え合わせると、この小説全体が、作者がどのように現代日本を生き延びようとしていたのかという証言のように見えてくるのであった。


作中、「僕」がユキを説教する場面がふたつあって、私は個人的にここが好き。村上春樹という人はじつはお説教好きな人なんじゃないかな―と思う。

僕はユキの手を握った。「大丈夫だよ」と僕は言った。「そんなつまらないこと忘れなよ。学校なんて無理に行くことないんだ。行きたくないなら行かなきゃいい。僕もよく知ってる。あれはひどいところだよ。嫌な奴がでかい顔してる。下らない教師が威張ってる。はっきり言って教師の80パーセントは無能力者かサディストだ。あるいは無能力者でサディストだ。ストレスが溜まっていて、それを嫌らしいやりかたで生徒にぶっつける。意味のない細かい規則が多すぎる。人の個性を押し潰すようなシステムができあがっていて、想像力のかけらもない馬鹿な奴が良い成績をとってる。昔だってそうだった。今でもきっとそうだろう。そういうことって変わらないんだ」
「本当にそう思う?」
「もちろん。学校のくだらなさについてなら一時間だってしゃべれる」
「でも義務教育よ、中学校って」
「そういうことは誰か他の人が考えることで、君が考えることじゃない。みんなが君をいじめるような場所に行く義務なんて何もない。まったくない。そういうのを嫌だという権利は君にあるんだよ。大きな声で嫌だと言えばいいんだ」

 僕は溜め息をついて車を道ばたに停め、キーを回してエンジンを切った。そしてハンドルから手を放して彼女の顔を見た。
「そういう考え方は本当に下らないと僕は思う」と僕は言った。「後悔するくらいなら君ははじめからきちんと公平に彼に接しておくべきだったんだ。少なくとも公平になろうという努力くらいはするべきだったんだ。でも君はそうしなかった。だから君には後悔する資格はない。全然ない」
 ユキは目を細めて僕の顔を見た。
「僕の言い方はきつすぎるかもしれない。でも僕は他の人間にはともかく、君にだけはそういう下らない考え方をしてほしくないんだ。ねえ、いいかい、ある種の物事というのは口に出してはいけないんだ。口に出したらそれはそこで終わってしまうんだ。身につかない。君はディック・ノースに対して後悔する。そして後悔していると言う。本当にしているんだろうと思う。でももし僕がディック・ノースだったら、僕は君にそんなふうに簡単に後悔なんがしてほしくない。口に出して『酷いことをした』なんて他人に言ってほしくないと思う。それは礼儀の問題であり、節度の問題なんだ。君はそれを学ぶべきだ」

それと内田樹さんの好きな「雪かき仕事」の説明の部分はやっぱりよいですね。
と思いました(いまいちまとまらなかった……)。

*1:インタビュアーは安原顕!!